戦国大名の長宗我部元親

長宗我部元親は、土佐の戦国大名で、長宗我部氏第19代当主・長宗我部国親の長男であり、第20代当主です。母は美濃斎藤氏の娘で、正室は石谷光政の娘で斎藤利三の異父妹です。長宗我部元親は、土佐の国人から戦国大名に成長して、阿波・讃岐の三好氏、伊予の西園寺氏・河野氏などと戦い四国の覇者となります。しかし織田信長や豊臣秀吉に敗れ土佐一国に減知となりました。長宗我部元親についてwikiでは、生涯・家臣・墓所などについて記載されています。

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wikiには長宗我部元親の肖像画も掲載されています。幼少の頃は、長身で色白で大人しく軟弱とも評される性格から、長宗我部元親を「姫若子」と揶揄していたという逸話があります。wikiの肖像画からは、「姫若子」は想像できませんね。あくまでも幼少の頃の話しですね。長宗我部元親百箇条と言うのは、長宗我部元親・盛親親子が1597年に制定発布した分国法です。長宗我部元親百箇条は、結構厳しい内容が定められています。ゲームの「戦国無双」と「戦国BASARA」では、長宗我部元親の左目はかくしています。しかし、長宗我部元親が隻眼だったと言う話は無いようです。長宗我部元親の左目を隠しているのは、単なるゲーム上での設定のようです。長宗我部元親の像は、高知県高知市長浜の若宮八幡宮にあります。槍を持って立つ長宗我部元親の像は、なかなか凛々しいですね。機会があったらご覧下さい。長宗我部元親について年表にまとめたものを掲載しているサイトがあります。写真を添付した長宗我部元親の年表もあります。長宗我部元親を知るのに役立つと思いますよ。長宗我部元親を描いた小説もいくつかあります。長宗我部元親の小説に興味のある方は、amazonで検索してみてはいかがです。

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